しながらすっかり枯れていた。菜穂子は、形のいい葉が風に揺れて光っている一方の梢と、痛々しいまでに枯れたもう一方の梢とを見比べながら、
「私もあんな風に生きているのだわ、きっと。半分枯れた儘で……」と考えた。
 彼女は何かそんな考えに一人で感動しながら、牧場を引き返すときにはもう牛や馬を怖いとも思わなかった。

 六月の末に近づくと、空は梅雨らしく曇って、幾日も菜穂子は散歩に出られない日が続いた。こういう無聊《ぶりょう》な日々は、さすがの菜穂子にも殆ど堪えがたかった。一日中、何んという事もなしに日の暮れるのが待たれ、そして漸《や》っと夜が来たと思うと、いつも気のめいるような雨の音がし出していた。
 そんな薄寒いような日、突然圭介の母が見舞に来た。その事を知って、菜穂子が玄関まで迎えに行くと、丁度其処では一人の若い患者が他の患者や看護婦に見送られながら退院して行くところだった。菜穂子も姑と一しょにそれを見送っていると、傍にいた看護婦の一人がそっと彼女に、その若い農林技師は自分がしかけて来た研究を完成して来たいからと云って医師の忠告もきかずに独断で山を下りて行くのだと囁《ささや》いた。「まあ」と思わず口に出しながら、菜穂子は改めてその若い男を見た。彼だけはもう背広姿だったので、ちょっと見たところは病人とは思えない位だったが、よく見ると手足の真黒に日に灼《や》けた他の患者達よりもずっと痩《や》せこけ、顔色も悪かった。その代り、他の患者達に見られない、何か切迫した生気が眉宇《びう》に漂っていた。彼女はその未知の青年に一種の好意に近いものを感じた。……
「あそこにいたのが患者さんたちなのかえ?」姑は菜穂子と廊下を歩き出しながら、訝《いぶか》しそうな口吻《くちぶり》で云った。「どの人も皆普通の人よりか丈夫そうじゃないか。」
「ああ見えても、皆悪いのよ。」菜穂子は心にもなく彼等の味方についた。
「気圧なんかが急に変ったりすると、あんな人達の中からも喀血《かっけつ》したりする人がすぐ出るのよ。ああして患者同志が落ち合ったりすると、こんどは誰の番だろうと思いながら、それが自分の番かも知れない不安だけはお互に隠そうとし合うのね、だから元気というよりか、寧《むし》ろはしゃいでいるだけだわ。」
 菜穂子はそんな彼女らしい独断を下しながら、自分自身も姑にはすっかり快くなったように見え、こんな山
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