七月も末になった或る朝、その「羊歯山荘」に突然、彼は、西洋人の好んで着るような派手な柄のスウェタアかなんぞ着込んで、妙にはしゃいだ姿をあらわした。手には籐《とう》のステッキを持っているきりで、何処《どこ》か散歩からでも帰ってきたような恰好《かっこう》であった。――雑草が生《お》いかぶさるようになっている小径《こみち》の両側には、とりわけ羊歯が見事に生長していたが、それが彼にはあたかも可愛らしい手をひろげて自分を歓迎している子供たちのように見えるらしく、彼を微笑《ほほえ》ませていた。……
そこの奥まったヴェランダに、彼の叔母がひとりで籐椅子に凭《よ》りかかっているのを認めると、
「叔母さん……」
そう彼は人なつこそうに元気のいい声をかけた。
「……そうしているところはまるで羊歯の女王みたいですね」
「そう見えて?……女王なら、私は何の女王でもいいわ」叔母さんは彼ににっこり笑って見せた。
彼は靴のままヴェランダに上って、そこにある籐椅子の一つにどっかり腰を下した。そうしてすこし荒い呼吸《いき》づかいをしていた。
「お疲れになったでしょう。すぐお寝《やす》みにならない?」
「ええ……
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