のをば感じていたが、そのうち不意にエレヴェタアの下降に伴うような感じで彼の全身がすうとしだすのと同時にそれらの幻覚も一時に消えてしまった。それは明らかに眠りではなかった。それはどこかしら脳貧血に似ていた。
本当の眠りはただその発作を長びかせるような作用をした。
彼がそういう一種の仮死から蘇《よみがえ》ったのは翌朝の十時頃だった。もう風はすっかり止《や》んでいたし、露台を四五寸埋めている雪からは水蒸気がさかんに立ちのぼっていた。そのせいばかりでなく、その露台の眺望《ちょうぼう》は、いつも彼のベッドの上から見えるのとは非常に様子が異《ちが》っていた。そしてそれが、彼の病室の窓硝子が跡方もなく破壊されているからばかりでなしに、その露台に通じているドアがその蝶番《ちょうつがい》ごとそっくり剥《は》ぎとられてしまっているためであることに彼は漸っと気がついた。硝子の破れる音は彼もうつつに聞いて知っていたが、あんなに巌畳《がんじょう》だったドアがこんなにまで破壊し尽されたことを昨夜少しも知らずにいたことが彼を気味わるがらせた。
南アルプスの山頂はまた一面に真白になりながら、いつの間にか彼の窓か
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