ていてやるぞ!」
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第二部
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その後御病気御順調の由、何よりも結構です。
もしお身体にお差障《さしさわ》りないようでしたら当分こちらへ来てみませんか。今年《ことし》は西洋人の別荘を借りています。私一人きりですからどうぞ御遠慮なくお出でください。うちの寝台はぎいぎい鳴りますけれど。庭には沢山あなたの好きな羊歯《しだ》が生《は》えていますよ。(しかしこれはうちのを撮《と》ったのではありません。)
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七月の初めに、軽井沢に行っている彼の叔母から、美しく密生した羊歯ばかりを撮影した絵葉書が、まだ療養所にいる彼のところへ届いた。彼はすぐそれに返事を書いた。
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絵ハガキを有難う。
僕はすぐにでも叔母さんの「羊歯山荘」へ行きたいのですけれど、院長がまだ許してくれません。でもあと一週間位したらと僕は院長と約束をしました。それまで僕はせっせと日光浴でもしていましょう。僕は足ばかり出しているものだから、なんだかマホガニイ製の義足でもしているようになりました。左様なら。
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七月も末になった或る朝、その「羊歯山荘」に突然、彼は、西洋人の好んで着るような派手な柄のスウェタアかなんぞ着込んで、妙にはしゃいだ姿をあらわした。手には籐《とう》のステッキを持っているきりで、何処《どこ》か散歩からでも帰ってきたような恰好《かっこう》であった。――雑草が生《お》いかぶさるようになっている小径《こみち》の両側には、とりわけ羊歯が見事に生長していたが、それが彼にはあたかも可愛らしい手をひろげて自分を歓迎している子供たちのように見えるらしく、彼を微笑《ほほえ》ませていた。……
そこの奥まったヴェランダに、彼の叔母がひとりで籐椅子に凭《よ》りかかっているのを認めると、
「叔母さん……」
そう彼は人なつこそうに元気のいい声をかけた。
「……そうしているところはまるで羊歯の女王みたいですね」
「そう見えて?……女王なら、私は何の女王でもいいわ」叔母さんは彼ににっこり笑って見せた。
彼は靴のままヴェランダに上って、そこにある籐椅子の一つにどっかり腰を下した。そうしてすこし荒い呼吸《いき》づかいをしていた。
「お疲れになったでしょう。すぐお寝《やす》みにならない?」
「ええ……
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