想をしているのである。――私の母の実家が随分貧しかったらしいことや、私の母の妹とか、弟とか云う人達が大抵|寄席《よせ》芸人だの茶屋奉公だのをしていたことや、私の父が昔は相当道楽者だったらしいことなどを考え合せてみれば、そんな私の空想が全然根も葉もないものであるとは断言できないだろう。
 私はしかし芸者と云うものを今でも殆《ほと》んど知っていないと言っていい。ただ少年の頃から鏡花などの小説を愛読しているし、そういう小説の女主人公などに一種の淡い愛着のようなものさえ感じているところから、或はそんなことが私をしてかかる夢を私の亡《な》き母にまで托《たく》させているのかも知れぬ。

        ※[#アステリズム、1−12−94]

 私は一枚の母の若いころの写真からそんな小説的空想さえもほしいままにしながら、しかしそれ以上に突込んで、そういう母の若いころのことや、自分自身の生《お》い立ちなどについて、人に訊《き》いてまでも、それを強《し》いて知ろうとはしなかった。私は小さいときからの性分で、ひとりでに自分に分かって来ていることだけでもって十分に満足して、その自分の知っている範囲のなかだけ
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