てもそれに取りかかつてその十分の一だけでも書き上げる根氣すらなささうだ。第一、誰も相手になぞしてくれまい。それはプルウストだつて、――最初の一卷「スワン家の方」を出しただけでは、そんなことを世間にいくら言つても、誰にも聞いて貰へさうもないことは知つてゐただらう。事實、このルタン紙上の一文はその當時は一笑に付せられたらしい。だが、彼はそれから十年間といふもの、あの有名なコルク張りの病室に閉ぢこもつたきり、死の直前まで默々と仕事を續けて、遂にそれを全部完成して了つたのだ。リヴィエェルの所謂「彼の宿命のごとく思はれる受動的《パッシイフ》なるものを能動的《アクティフ》なるものに換へんとする努力」はかくして成就されたのだ。
 僕がいまちよつと引用したリヴィエェルの言葉はなかなか面白いだらう。が、これはもつと説明する必要がある。それはこの次ぎの手紙ででもゆつくり書かう。今は、折角觸れかかつたのだから、もうすこしプルウストに於ける時間の問題から離れずにゐよう。

          ※[#アステリズム、1−12−94]

 プルウストがその作中人物を描く方法には、極めて多くの獨創的なものがあるが、そ
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