はそれ故一言も云はずにその場を通り過ぎた。一瞬間がたつた。マルセルが私を呼んだ。私は振り向いた。彼は私の方に走つてきた。彼はやつと私に追ひつき、私が怒つてやしないかと私に訊いた。私は笑ひながら、怒つてゐないことを確めた。それから私達は一時中絶してゐたさつきの會話を再び續けた。私はその薔薇のエピソオドについては何も質問をしなかつた。私はそのことで冗談も言はなかつた。私はそんなことをすべきでないのを漠然と感じてゐたから……
[#ここで字下げ終わり]
※[#アステリズム、1−12−94]
若しも私たちが次のやうな言葉を絶えず思ひ出さなかつたならば、何物をも理解し得ないだらう。「私はそこにぢつと立止まつてゐた、動かずに、見つめつつ、呼吸しつつ、形象《イマアジュ》と匂の彼方に私の思考とともに行かうとしながら……」――若しも私たちが絶えず、この追求し、欲望する精神を感じてゐなかつたならば……
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リヴィエェルはざつとこんな工合に論じながら、更にプルウストのかういふ寧ろ形而上的《メタフィジック》な傾向がいかにしてもつと實證的《ポ
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