こそ、彼の作品を單なる印象主義のそれから切り離してゐると言はなければなりません。
※[#アステリズム、1−12−94]
もう一つ、「スワン家の方」から引用して見ませう。今度はリラの花の描寫です。
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リラの季節もその終りに近づいてゐた。二三の花はまだ彼等の花のデリケエトな氣泡[#「氣泡」に傍点](bulles)を葵色《モオヴ》の高い枝付燭臺のやうに噴出[#「噴出」に傍点](effusaient)させてゐたけれど、つい一週間前まではその香ばしい泡[#「泡」に傍点](mousse)が逆卷いてゐた[#「逆卷いてゐた」に傍点](〔de'ferlait〕)それ等の葉の多くの茂みの中では、空虚《うつろ》な、ひからびた、香りのない泡[#「泡」に傍点](〔e'cume〕)が、ちぢまり、黒ずみながら、萎んでゐた。
[#ここで字下げ終わり]
これはクルチウスといふ獨逸の批評家が「ここで、プルウストは、比喩の連絡によつて、我々にリラの實體[#「實體」に傍点]そのものを目に見えるやうにさせてゐる」と言つて激賞してゐる一節であります。クルチウスが説明しますには、
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