クロオデルの「能」
堀辰雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)筋《アクシオン》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔Le Choe&ur〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html
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ポオル・クロオデルが日本に滯在中に書いた「日のもとの黒鳥」(L'Oiseau Noir dans le Soleil Levant)といふ本も、ときどき取り出して見てゐる本の一つである。この本の題名に使はれてゐる何か象徴的な感じの黒鳥[#「黒鳥」に傍点]といふのは、實はクロオデル[#「クロオデル」に傍点]の洒落なのださうだが、そんなところもなかなか好ましい。いろいろ好い論文や小品が集められてゐるが、僕が屡※[#二の字点、1−2−22]この小さな本を手にすることのあるのは、大抵はそのなかの「能」といふ小論文を讀みかへすためである。
「劇とは何事かが到來するものであり、能とは何びとかが到來するものである」といふ彼らしい莊重な定義をいきなり冒頭に置いてから、クロオデルは、先づ、橋懸りと本舞臺とからなる舞臺の説明から始め、それから能の音樂――囃子と地謠と――を紹介する。それらの囃子の中で、あの哀調に充ちた笛を「過ぎゆく時間の我々の耳に對するときをりの轉調、演者の背後での時間と瞬間との對話」であると言つてゐるなどは面白い。又、地謠――これは、ギリシヤ式の合唱(〔Le Choe&ur〕)と云ふ言葉を使つてゐるが――は筋《アクシオン》には關與せずに、單にそれに非人格的な註釋をつけ加へるものだと紹介してゐる。それは過去を語り、風景を敍し、イデエを展開させ、登場人物を説明し、詩又は歌曲によつて應答する。「それは物語る彫像の傍らにうづくまつたまま、夢み、私語するのである。」
さて、次に登場人物が説明されてゐる。それは二人きりである、即ちワキとシテである。そのいづれも一人か數人のツレを伴つてゐることもあり、又、ゐないこともある。
ワキは凝視し、待ちうけてゐる者である。彼
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