をいくら聴いていても、彼にはその言葉がすこしも分らなかった。それが彼にはなんだか彼の心の中の混雑を暗示するように思われた。
彼はいきなり立ちあがると不器用な歩き方でロッジを出て行った。
ロッジのそとへ出ると、二台の自転車がそのハンドルとハンドルとを、腕と腕とのようにからみあわせながら、奇妙な恰好《かっこう》で、そこの草の上に倒れているのを彼は見た。
そのとき彼の背後からお嬢さんの高らかな笑い声が聞えてきた。
彼はそれを聞きながら、自分の体の中にいきなり悪い音楽のようなものが湧《わ》き上ってくるのを感じた。
悪い音楽。たしかにそうだ。彼を受持っているすこし頭の悪い天使がときどき調子はずれのギタルを弾《ひ》きだすのにちがいない。
彼は自分の受持の天使の頭の悪さにはいつも閉口していた。彼の天使は彼に一度も正確にカルタの札を分配してくれたことがないのだ。
或る晩のことであった。
彼は彼女の家から彼のホテルへのまっ暗な小径《こみち》を、なんだか得体の知れない空虚な気持を持てあましながら帰りつつあった。
その時前方の暗やみの中から一組の若い西洋人達が近づいてくるのを彼は認めた。
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