もその話が持ち出せないのだった。
そういう撫子の羞かしそうな姿が気になってならない時など、どうかして縁の方から橘の花の重たい匂が立って来たりすると、いつかその簾のそとに打《う》ち萎《しお》れていた、若い頭の君の艶な姿が、ふいと私には苦しいほどはっきりと俤《おもかげ》に立ったりするのだった。……
そんな或日の事、思いがけず道綱が殿の久しく絶えていた御消息を私のところに持って来た。何事かと思って、私はいそいで披《ひら》いて見た。「この頃よく右馬頭《うまのかみ》がそちらへ参るそうな。八月まで待たせなさいと言ってあるのに。人の噂によると、なんでもお前が右馬頭を派手にもてなしてやっているそうではないか。お前に会えるのだったら、怨みの一言も言ってやりたいものだ」
その消息を手にしたまま、余りの事にしばらく私は空《うつ》けたようにさえなっていた。こんな事を、あの気位の高い殿がよくもまあ私になど仰ゃって来られたものだ。事もあろうに、あんなお若い頭の君のことで私をお疑ぐりなさるなんて。――そう思うと、何より先きに、ひとりでに苦笑とも冷笑ともつかないようなものが私の胸の裡《うち》におさえ兼ねたよう
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