「夜更けて、いま頃になると、いつも余所《よそ》ではそんな事をなさるのでしょうけれど――」と言い足した。
 そういう冷めたい、それなりに何処となく熱の籠《こも》ったような私の言葉が、思わず頭の君を、もう手をかけそうにしていた簾から飛びすさらせた。「そんな御あしらいしかなされまいとは夢にも思いませんでした。」頭の君は其処に再び顔を伏せながら、「暫くなりと簾のなかへ入れていただけたら、只もうそれだけでよろしゅうございましたのに。若しこんな事で御|気色《けしき》を悪くせられたようでしたら、重々お詫《わ》びいたしますから――」と詫びられていた。
 私はそういう頭の君に更に圧《お》しかぶせるように「いくら私が年をとっていて、私の事を何んともお思いなさらずとも、簾の中へ御はいりなさろうというのは、まあ何んという事です。その位の事が御わかりにならないあなた様でもありますまいに――」と言い続けていたが、そのままその場に居すくまれたようにして入らっしゃる頭の君を見ると、さすがに少しお気の毒になってきて、それから急に語気を落すようにしながら、「昼間、内裏《うち》などに入らっしゃるようなお積りで、此処にだって
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