《たいふ》の位より昇進しなかった道綱が、ようやく右馬助《うまのすけ》に叙せられたのは、その翌年の除目《じもく》の折だった。殿からも珍らしくお喜びの御文を下さったりした。今度の昇進はよっぽど道綱も嬉しいと見え、いそいそとして其処此処御礼まわりなどに歩いていたが、その寮《つかさ》(右馬寮)の長官が丁度道綱には叔父にあたる御方なので、其処へも或日お伺いすると、まだお若いその御方は非常に歓《よろこ》ばれて、よもやまな物語の末、何処からお聞きになって知っていらしったのか、私の手許に養っている撫子の事を何くれとなくお問いになり、「御いくつになられました?」などと熱心に訊《き》かれたそうだった。帰って来てから、道綱が私にその事を話して聞かせたが、私は「まあ、いくらお好色《すき》な方だって、こんな撫子を御覧になったら――」と答えたぎり、なんとも気にはとめなかった。
 撫子は去年志賀の里から私の許に引き取られてきた頃から見れば、だいぶ大人寂《おとなさ》びた美しさも具え出して来てはいる。そして幼少の折からいろいろ苦労をして来たせいか、年の割には世の中の事は何もかも分かるようで、私の前なんぞでは山里に一人佗
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