、殿から珍らしくも御文があった。何だかこちらへ入らっしゃりそうな御様子にも見えるので、きょう殿にいきなりその養女を見られてはしようがない、まあ暫くは知られないようにして、なりゆきに任せて置いた方が好いと思うものだから、出来るだけ急いで連れもどるようにと皆に言いつけた。
しかしそうやって急がせた甲斐もなく、それより殿が一足先きに来てしまわれた。まあ、どうしようかしらと思い惑っているうちに、やがて皆も帰って来たようだった。殿は少し不審そうにしていらしったが、道綱が、狩衣姿《かりぎぬすがた》ではいって来るのをお認めになると、「大夫《たいふ》はどこへ行っていたのだ?」とお訊《き》きになった。道綱は、さも困ったような様子で、何かと苦しそうに言い紛らしていた。私は側からそれを見るに見かねて、いずれ一度は殿にも打ち明けなければならない事なのだからと思って、「実は、私どもの身よりが少くて、あまり心細うございましたので、或る御方に棄てられました子を貰って参ったのでございます」と言葉のうらに少し皮肉を籠《こ》めながら言った。
「それは見たいな」と殿はしかし上機嫌そうに仰《おっし》ゃって、それからふと私の顔を見据えるように「一体、誰の子なのだい?」と小声になって訊かれたが、私が相変らず笑っているような、いないような目つきをしているのに漸《や》っとお気がつきになると、急に御自分も目を赫《かがや》かせられながら、「だが、まさかおれがもう年を取ったので、代りに若い奴を手に入れて、おれなんぞは追い出そうと言うのじゃあるまいなあ」と言われた。
「御目にかけてもよろしゅうございますが――」と私もそれについ釣込まれてほほ笑《え》み出しながら、「――でも、御子様にして下さいますか?」
「いいとも。そうしようではないか。――だが、まあ、どんな奴だか早く見せてくれ」殿はいかにも好奇心をおさえ難そうに急《せ》かせられた。私も私で、まだ一目も見ないその少女が見たくて溜《たま》らなかったので、すぐにこちらへ来るようにと呼びに遣らせた。
その少女は十二三と聞いていたが、その年にしては思ったよりも小さくて、まだいかにも子供子供していた。近くへ呼び寄せて、「立って御覧」と言うと、素直にすぐ立って見せたが、身丈《みのたけ》は四尺位で、いかにも姿のよい子で、顔なども本当に可哀らしかった。只、髪だけは、幼少の折からの辛苦
前へ
次へ
全33ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング