がそこにまざまざと見られでもするかのように、大ぶ抜け落ちて、先きの方が削《そ》がれたようになってい、身丈には四寸ばかりも足りなかった。
 そういう穉《いとけな》い少女を殿はつくづくと見入っていらっしったが、「可哀らしい子じゃないか。一体、誰の子なのだ?」とあらためて私の顔を見据えられた。
「本当にお可哀いとお思いなされます?」と私は言いながら、「では、お明かししてもよろしゅうございますけれど――」と静かにほほ笑んでいた。
 殿はとうとうこらえ兼ねたように言われた。「早く教えてくれ」
「まあ、おうるさいこと」私は急にすげなさそうに言った。「まだお分かりになりませんの? あなたの御子様ではありませんか」
「何、おれの子だって?」殿は側で見ているのもお気の毒な位、おあわてなすった。「それはどういうのだ、何処のだ?」
 私はしかし、相変らず、冷やかにほほ笑んでいるぎりだった。
「いつかお前に貰ってやらないかと言った、あの子か?」殿はそれを半ば御自分に向って問われるように問われた。
「さあ、その御子様かも知れませんが……」
 殿は、そういう私には構わず、一層しげしげとその少女を見入られていた。「やはりあいつらしい。――だが、あいつがこんなに大きくなって居ようなどとは夢にも思わなかった事だ。いまごろ何処をうらぶれていることだろうかと、ときおり急に気になり出すと、もう矢《や》も楯《たて》も溜らない位だったが……」そう云う御声はだんだん震え出してさえいられた。
 少女はそこに泣き伏していた。それを見ていた側近の者共も、そんな物語にでも出て来そうな奇しい邂逅《かいこう》には泣かされない者はいないらしかった。――そういう裡《うち》でも私だけは、まるで涙ももう涸《か》れてしまったとでも云うように、そしてそんな自分自身をも冷やかに笑っているより外はないかのように見えた。
 やがて、殿が何度となく単衣《ひとえ》の袖を引き出されては御目を拭われていらっしゃるのを、私は珍らしい物でも見るようにそのまま眺めていたが、それから漸っと言った。「もうお歩行《あるき》のついでにもお立ち寄りにならなくなったような私なんぞの所へ、こんなに可哀らしい子が参りましたけれど、これからはどう遊ばします?」
 暫く殿はなんともお返事なさらずにいた。が、ようやく顔をお上げになった時は、もういつものように私に挑むように目を
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