山から帰って来てからは、もう昔のような私ではなくなりかけているのだ。……
 その日もまた、私がそんな考えをとつおいつし出していたところへ、西の京にお住いになって居られるあの方の御妹から御文があった。見れば、まだ私があれからずっと山に籠《こも》っているものとばかりお思いになっていらしって、何くれと物哀れげに仰《おっし》ゃって「どうしていつまでもまあそんなお淋しいお住いをなすって入らっしゃるのでしょう。そのようなお住いをも一向苦になさらずにお訪ねいたすお方だっておありでしょうに、つれないあの人はこの頃あなた様からもお離《か》れがちだとか。本当にどうして入らっしゃるかと大へん気になって居りますので、ちょっと――」と書いておよこしになった。そこで私はつい今もいま考えていたままに「山の住いはずっと秋までいたそうと思って居りましたのに、又こうして心にもない里住いをいたすようになりました。――仮りに山に入っても、私のような意気地のない者はまことに中途半端なものでございますこと。だが私も、今度という今度ばかりは本当に苦しい思いをいたしました。しかしそのような苦しい思いも、みんなあの方が私にお与え下さる
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