がら、ともかくもそうなったらそれまでと、湯の事を急がせて、御堂に上った。
暑かったので、しばらく戸を押しあけて眺めやっていたが、此処は丁度山ぶところのようなところになっていると見える。周囲にはすっかり小さな山々が繞《めぐ》っていて、それらが数知れぬような木々に覆われているらしいけれど、生憎《あいにく》月がないので、殆ど何も見わけられない……
そうやって戸を押しあけたまま、御堂で初夜《しょや》を行っているうちに、何時なのだろうかしら、時の貝を四つ吹くほどになった。そのとき急に大門の方に人どよめきがし出したので、巻き上げていた簾《みす》を下ろさせて透して見ていると、木の間から灯がちらちらと見えてくる。やっぱりあの方は入らしったのだ。
門のところまで、道綱は急いで御迎えに出て往ったらしかった。やがて戻ってきて、あの方が車にお立ちになったままで「御迎えにやって来たのだが、生憎きょうまで穢《けが》れがあるので、車から下りられない。何処かに車を寄せる所はないか」と仰《おっし》ゃっていると取り次いだが、私はそれには全然とり合わずに、「何をお考えちがいなすって、そんな向う見ずな御歩きをなさいます
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