方の事なぞが言いようもなく辛く思われた一日があった。私はその日は日ぐらしそんな雪を眺めたり、又、いつぞやの殆ど死ぬばかりだったような日々の事だの思い出したりしながら、「ああ、雪なんぞだったら、いくらこんなに積ったって、やがてまた消えて往ってしまえるのだ。それだのに、私は一生のうちにたった一度の死期をも失ってしまったような……」などとさえ悔やみ出していた。……
その三
そのうちに道綱も漸《ようや》く成人して来た。が、その頃の事になると、まだついこの間の事のように何もかも自分に一どきに思い出されてしまうものだから、さてそれを書こうとすると、反って何だか書かずともよいような事までも書いてしまいそうな気がしてならない。……
先ず思い出すのは、これも書かずともよい事かも知れないが、まあ、思い出すがままに書いて見ると、或年の丁度|若苗《わかなえ》の生い立つ頃、――そう、若苗といえば、そんな事のあった数日前、私はあんまり所在がないので草などの手入れをさせていたら、たくさん若苗が生えていたので、それを取り集めて母屋の軒端にそっくり植えさせて水なども気をつけてやらせていたのだった。が、その
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