なものよりも反って珍らしがってくれる人もあるかも知れない。それにまた、世間の人々が、私のようにこんなに不為合《ふしあわ》せになったのは、あまりにも女として思い上っていたためであろうかどうか、その例《ためし》にもするが好いと思うのだ。
何分にももうすべて一昔も前の事なので、さて、何から書き出したら好いのだろうか知ら。まあ、それ以前の取るに足らない程の、好《す》き事《ごと》なんぞは、それはそれとして、――今からもう十何年か前の、そう、たしか夏の初めだったと思う、その頃はまだ柏木《かしわぎ》と呼ばれていたあの方が始めて私に御文をよこされたのである。その最初の時からして、あの方と云ったら外のお方とは変ったなされ方で、普通だったら下《しも》じもの女にでもその御文を届けさせようものを、あの方は役所で私の父に先ず真面目とも常談ともつかずに仄《ほの》めかされて置いて、こちらでそれをどう思おうなんぞという事には少しもお構いなさらずに、或日、馬に乗った男に御文を持って来させられた。その使いの者がまた使いの者で、「どなた様から」と訊《き》かせることも出来ない程、はしゃぎ切っていたので、こちらの方ではしか
前へ
次へ
全66ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング