精神上の交易がなされ出しました。しかし、僕の裡に根づいている生命の樹は確かにあなた達が僕に植えつけてくれたもの――或いはそれをあなた達のおかげではじめてそれと気づいたもの、と言わなければなりません。そこに僕の詩の他とは異なる強みもあったわけでした。
 なんだか自分の事ばかり書いてしまいましたね。それにあなたに宛てたのやら、他のみんなに一しょに宛てたのやら、分らないものになりましたが、それというのも、あなたが――ことにあなたの小説だの、お手紙だのが、そのきっかけになったもの故、御免下さい。
 僕、結婚してもう一年半になりますが、始終旅先でばかり暮しているような気のしているせいか、なんだかまだ結婚したばかりのような気もちで、なかなか落ちつけませんでした。これからは大いに落ちついて、この冬じゅうかかりそうな長い仕事に向わなければなりません。僕は自分の新しい生活が――僕[#「僕」に傍点]としてよりも、僕達[#「僕達」に傍点]としての生活が、――自分の今後の仕事の上にどんな影を投げるものか、胸のおどるような期待と、同時に一種の危惧《きぐ》をもたずにはおられません。そんな新しい僕の姿、あなたにはお
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング