な意見に依繋する疑いの理由は極めて薄弱であり、そしていわば形而上学的である。しかしかかる理由もまた除き去られるように、機会が生ずるや否や直ちに、神は存するかどうか、そして、もし存するならば、欺瞞者であり得るかどうか、を検討しなければならぬ。というのは、このことが知られていないと、まったく他の何事も決して私に確実であり得ると思われないからである。
 しかるにいま、省察の順序は、まず私の一切の思惟を一定の類に分ち、そしてこの類のうちいったい何れに真理または虚偽は、本来、存するかを探究することを要求すると思われる。私の思惟のうちの或るものはいわばものの像であって、これにのみ、本来、観念という名称は適当するのである。例えば私が人間とか、キマイラとか、天とか、天使とか、神とかを思惟する場合がこれである。しかし他のものは、そのほかに、或る他の形相を有している。例えば私が欲する場合、恐れる場合、肯定する場合、否定する場合がこれであって、この場合私はつねにもちろん或るものを私の思惟の対象として把捉するが、しかし私の思惟はかかる、もののかたどり以上にさらに或るものを含んでいる。そしてこのようなもののうち
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