或るものは意志あるいは感情と名づけられ、他のものは判断と名づけられる。
いま観念についていえば、それが単にそれ自身において観られ、それを何か他のものに関係させなければ、それは、本来、偽であり得ない。なぜなら、私が山羊を想像しようとキマイラを想像しようと、私がその一を想像するということは他を想像するということに劣らず真であるからである。また意志そのもの、あるいは感情においても、何ら虚偽を恐れることを要しない。なぜなら、たとい私は曲ったこと、あるいはどこにも有しないものをさえ願望するかもしれないとはいえ、それだからといって私がこれを願望するということは真でなくはないからである。かようにして残るのはただ判断のみであり、これにおいて私は誤らないように用心しなければならぬ。しかるに判断において見出され得る主要な、そして極めて普通の誤謬は、私のうちにある観念が私の外に横たわる或るものに類似している、あるいは一致している、と私が判断するということに存する。なぜなら、実際、もし私が単に観念そのものを私の思惟の或る一定の仕方として考察し、何か他のものに関係させなかったならば、それはほとんど私に何らの誤
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