が、右の問題について私が触れたことがらに関して、二つしか注目に値いする駁論は出なかった。この駁論に対して私はここで、右の問題のさらに厳密な説明を企てるに先立って、簡単に答えたい。
 第一の駁論は、自己に向けられた人間の精神は、自己を思惟するものであるとしか知覚しないということから、その本性すなわち本質[#「本質」に傍点]はただ、思惟するものであることに、このただ[#「ただ」に傍点]という語がおそらくはまた霊魂の本性に属すると言われ得るであろう余のすべてを排除する意味において、存するということは帰結しない、というのである。この駁論に対して私は答える、私もまたかしこで余のすべてを、ものの真理そのものに関する秩序において(これについてもちろん私はあのとき論じたのではない)排除しようと欲したのではなく、かえって単に私の知覚に関する秩序において排除しようと欲したのである、と。かくてその意味は、私の本質に属すると私が知るものとしては、私は思惟するもの、すなわち自己のうちに思惟する能力を有するものであるということのほか何物も私はまったく認識しないということであった、と。しかし以下において私は、いかにして、そのほかの何物も私の本性に属しないと私が認識することから、また実際にそのほかの何物も私の本性に属しないということが帰結するかを明白にするであろう。
 もう一つの駁論は、私が私のうちに私よりも完全なものの観念を有するということから、この観念が私よりも完全であるということ、ましてこの観念によって表現せられるものが存在するということは帰結しない、というのである。しかし私は答える、この場合、観念なる語に両義性が伏在すると。すなわち、それは一方質料的に、悟性の作用の意味に解せられることができ、この意味においては私よりも完全とは言われ得ないが、他方それは客観的に、この作用によって表現せられたものの意味に解せられることができ、このものは、たとい悟性の外に存在すると仮定せられなくとも、自己の本質にもとづいて私より完全であり得る、と。しかし、いかにして、ただこのこと、すなわち私のうちに私よりも完全なものの観念があるということから、かのものが実際に存在するということが帰結するかは、以下において詳細に解明せられるであろう。
 ほかに私は二つのかなり長い文章を見た。しかしその中では右の問題についての私の根拠ではなくむしろ結論が、無神論者たちのきまり文句から借りてこられた議論でもって駁撃せられているのである。ところで、この種の議論は、私の根拠を理解する人々の前では何らの力も有し得ないからして、また実に、多くの人々の判断は弱くて正しからず、たとい偽であり、理を離れたものであっても、最初に受け取った意見によってのほうが、真で堅固な、しかし後に聞いたその反駁によってよりも、いっそう多く説得せられるものであるから、ここではその議論に対して私が最初に述べねばならぬとすると悪いから、答弁することを欲しない。そしてただ一般的に私は言っておこう、神の存在を駁撃するために無神論者たちによって通例持ち出される一切は、つねに、人間的な情念が間違って神に属せしめられることに、あるいは僣越にも、神の為し得ることまた為すべきことを決定しまた理解することまでを我々が欲求し得るほど多くの力と智慧とが我々の精神に属せしめられることに、懸っており、かくて実に、我々がただ、我々の精神は有限で、神はしかし理解を超え無限であると考えねばならぬことを忘れない限り、かの論駁は我々に何らの困難も示さないであろう、と。
 さて今、ともかく一度人々の判断を知った後、ここに再び私は神と人間の精神とに関する問題を論究し、そして同時に全第一哲学の基礎を取扱おうと思う。しかしその際私は何ら大衆の称賛を、また何ら読者の多いことを期待しないであろう。私はただ本気で私と共に思索し、精神をもろもろの感覚から、また同時にすべての先入見から引離すことができまた引き離すことを欲する人々だけに読まれるように、これを書いたのであって、かような人がまったくわずかしか見出されないことを私は十分に知っている。しかるに私の根拠の連結と聯関とを理解することに意を用いないで、多くの人々にとって慣わしであるように、ただ箇々の語句に拘泥して、お喋りをすることに熱心な人々についていえば、彼等はこの書物を読むことから大きな利益を収めないであろう。そしてたとい彼等がおそらく多くの箇所において嘲笑する機会を発見するにしても、何か緊要なあるいは答弁に値する駁論は容易になし得ないであろう。
 しかしまた他の人々に対しても、私がすべての点において初手から彼等を満足させるであろうと私は約束しないのであるからして、また僣越にも私が何人かに困難と思われるであろう一切のことがらを
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