ラ 私にも、それがない。
クログスタット その上――始めの嵐がすぎてしまふと――そんなことは至つて馬鹿らしいものです。私こゝにご主人に當てた手紙をポケットに入れて來てゐます。
ノラ すつかり打ち明けようと言ふのですか?
クログスタット あなたは出來るだけかばつてあります。
ノラ (早口に)どんなことがあつても、その手紙をあの人に渡して下すつちやいけない。やぶいて下さい。私どうにかしてお金は拵へますから。
クログスタット 相すみませんな、奧さん、しかし私はさう申し上げたと思ひますが。
ノラ いゝえ、何も借りてゐるお金のことをいつてるのぢやありません。一體あなたは主人からどの位お金を取らうと思つていらつしやるのですか――私がそれを差上げませう。
クログスタット 私はご主人からお金を貰はうとは思つてゐません。
ノラ 何がそれじや欲しいのです?
クログスタット では申しませう。私は世間に出る足場が取り返したいのです。身を立てなくちやなりません。それでご主人に助けて貰はうといふのです。この十八ヶ月間私の履歴には一點の汚れもありません。その間私は始終ひどい貧乏をしてゐました。けれども、もがきながら
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