ルをかける)あゝ、丁度今あの人が手紙を取つて讀んでゐる。いゝえ/\、まだ/\、さようなら。あなた――そして子供達も達者でおいで――
[#ここから3字下げ]
(女は廊下から走り出ようとする。その瞬間にヘルマーが手荒く扉を開け、開いた手紙を手に持つて現はれる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
ヘルマー ノラ!
ノラ (叫びながら)あゝ!
ヘルマー これは何だ? この手紙の中に書いてあることを、お前は知つてるか。
ノラ はい知つてゐます。ですから私もう行きます。通して下さい。
ヘルマー (引き留めながら)どこへ行くといふんだ。
ノラ (振り離さうとして)私を助けて下さらなくてもいゝんです、あなた。
ヘルマー (よろめきながら)やつぱり本當だ! この中に書いてあるのは本當なのか?――いや、いや、こんなことが本當であらう筈はない。
ノラ 本當です、それといふのも私、あなたを愛するためには何をしてもいゝと思つたからです。
ヘルマー 辯解はしなくてもよろしい。
ノラ (一足夫の方へ進んで)あなた――
ヘルマー 困つた奴! 何といふことをやつたのか――
ノラ だから私を行かして下さいよ――私を助けて下さらなくともよいのです。あなたが自身で私の罪を着るには及びません。
ヘルマー お芝居は止せ(扉の錠を下ろす)こゝにゐて、すつかり自分のしたことを話すがいゝ。お前には自分のしたことがわかつてるのか、返事をしろ、自分のしたことがわかつてゐますか?
ノラ (固くなつてじつとヘルマーを見る)はい、今始めてよくわかりました。
ヘルマー (あちこちと歩きながら)考へて見れば實に何といふ恐ろしいことだらう。この八年の間――私の誇りにして喜んでゐたその女が――僞善者、嘘つき――そればかりならいゝが、もつと情けない、情けない罪人なのだ――えゝ汚らはしい(ノラは默つてじつと男を見てゐる)お前は私の幸福といふものを全く打ち壞してしまつた。私の將來は亡びてしまつた。あゝ、考へても恐ろしい。私は惡人の手中に陷つてゐるのだ。あの男のしたいまゝにさせろ、そいつの欲しいだけ貪られても私は默つて聞いてゐなくちやならない。そしてこの災難は、みんなお前のお蔭なのだ。
ノラ 私がゐなくなつたら、あなたのご迷惑はなくなります。
ヘルマー 甘いことをいふな。お前のお父さんも、いつも口が巧か
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