ク 有難う。
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(ノラがマッチを差出す。ランクはそれで葉卷に火をつける)
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ランク それぢや、さようなら!
ヘルマー おゝ君、さようなら。さようなら。
ノラ よくお休みなさい、先生。
ランク ご好意有難う。
ノラ 私にも挨拶して下さいな。
ランク あなたに? 承知しました。お望みなら――よくお休みなさい。それから火のお禮も申しておきます。
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(ランクは、二人に頭を下げて挨拶して出て行く)
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ヘルマー (小聲で)あの男も、よつぽど飮んだやうだね。
ノラ (外のことに氣を取られてゐる體に)さうねえ(ヘルマーは隱しから一束の鍵を取出し、廊下の方へ行く)あなた、そこで何をなさるの?
ヘルマー 郵便箱を開けなくちや、一杯になつてゐて明日の朝の新聞が入らない。
ノラ 今夜これから仕事をなさるつもりですか?
ヘルマー 馬鹿をいふなよ――おや、どうしたんだらう、誰か錠前をいぢつたな。
ノラ 錠前を――?
ヘルマー さうに違ひない。どうしたのだらう。女中どもがいぢる譯もなしと――ピンの折れたのがあるぞ、ノラ、お前のやうだが――
ノラ (早口に)ぢや、子供でせう――
ヘルマー これからかういふ惡戲は止さすやうにしなくちやいけないよ。うむ――ね、そら、やつと開いた(中の物を取出し、臺所の方に向つて呼ぶ)エレン、エレン、表の明りを消しておけ。(室に歸り、戸を閉める。手には數通の手紙を持つてゐる)どうだ、これ見ろ。溜つてるぢやないか(手紙を繰り返しながら)何だこれは?
ノラ (窓の方で)手紙! あゝ、いけません/\、あなた!
ヘルマー 名刺が二枚、ランクのだ。
ノラ ランク先生の!
ヘルマー (名刺を見ながら)これが一番上に載つてゐたところをみると、入れて間もないのだらう。
ノラ 何が書いてありますか?
ヘルマー 名の上に墨で十字架が書いてある。ご覽、縁起でもない思ひつきぢやないか、これで見ると自分が死ぬといふ知らせとも取れる。
ノラ さうだつたんですよ。
ヘルマー 何だと! 何かお前は知つてるか? 何かあれが話したか。
ノラ えゝ、その名刺をよこしたのはね、私どもに暇乞ひのつもりですよ。あの人はこれから一人で
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