《ち》に來《きた》り留守《るす》を監督《かんとく》する事《こと》となれり。我《わが》牧塲《ぼくぢやう》は事業《じげふ》漸《やうや》く其《その》緒《ちよ》に就《つ》きしものにて、創業《さうげふ》の困難《こんなん》に加《くは》ふるに交通《かうつう》の不便《ふべん》あり。三十七|年《ねん》一|月《げつ》大雪《おほゆき》の害《がい》と、其《その》七月《しちぐわつ》疫疾《えきしつ》の爲《ため》に、牛馬《ぎうば》其《その》半《なかば》を失《うしな》ひたるの災厄《さいやく》あり。其他《そのた》天災《てんさい》人害《じんがい》蝟集《ゐしふ》し來《きた》り、損害《そんがい》を蒙《かうむ》る事《こと》夥《おびたゞ》しく、余《よ》が心《こゝろ》を惱《なやま》したる事《こと》實《じつ》に尠《すくな》からざるなり。此《この》間《あひだ》にありて余《よ》が憂愁《いうしう》を掃《はら》ひ去《さ》り、心身《しん/\》を慰《なぐさ》めたるものは、實《じつ》に灌水《くわんすゐ》なりとす。
數十年前《すうじふねんぜん》より行《おこな》ひ居《を》れる灌水《くわんすゐ》は、北海道《ほくかいだう》に移住後《いぢゆうご》、冬時《と
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