かりを挙げたり。然るにかかる幸福を得たるのみならず、身体健康、且つ僅少なる養老費の貯えあり。此れを保有して空しく楽隠居たる生活し、以て安逸を得て死を待つは、此れ人たるの本分たらざるを悟る事あり。亦|曾《かつ》て予想したる事あり。夫《そ》れ我国たるや、現今戦勝後の隆盛を誇るも、然れども生産力の乏しきと国庫の空《くう》なるとは、世評の最も唱うる処たり。依《よっ》て我等老夫婦は、北海道に於ける最も僻遠《へきえん》なる未開地に向うて我等の老躯と、僅少なる養老費とを以て、我国の生産力を増加するの事に当らば、国恩の万々分の一《いつ》をも報じ、且亡父母の素願《そがん》あるを貫き、霊位を慰《い》するの慈善的なる学事の基礎を創立せん事を予《あらかじ》め希望する事あるを以て、明治三十五年徳島を退く事とせり。然るに我等夫婦は此迄《これまで》医業を取るのみにて、農牧業に経験無きを以て、児輩及び知己親族より其不可能を以て思い止《や》むべきを懇切に諭されたるも、然れども我等夫婦は確乎《かっこ》と决心する所あり、老躯と僅少なる資金と本より全成効を得《う》べからざるも、責めては資金を希望地に費消し、一身たるや骨肉を以
前へ 次へ
全50ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
関 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング