囲《めのまわり》に向て集るを以て、絶えず手にて払わざる時は尚多く集りて耐ゆべからず。依て手にて絶えず払いたり。然れども右手《めて》に籠を持ち、左手《ゆんで》にて蕨を採るゆえに、小虫を払う時は蕨を採る事能わず。故に時々は籠を手より離して、地上に置く事あり。為めに蕨を採る事少きを以て、翌日より籠に紐をつけて頸にかけて出懸たり。依て都合よく片手に蕨を採り、片手にて絶えず小虫を払いたり。此れにて蕨は多く採りて、籠に満《みつ》れば叺にうつして脊負たり。然れども後《うしろ》には叺を脊負い、前には籠をさげて、体には厚き木綿着類を重ねたるゆえに、総身の重きと且つ前後にぶらさげたるゆえに、慣れざる老体には実に苦き事多きも、日々勤めて四五町を隔てたる処にて採りたりしも、追々耐忍力も出来且つ慣れたるを以て多く採る事となれり。依て尚多く採らんとの希望を起し、八九町も隔りたる所に多くあるを知り、且つ片山ウタ谷利太郎は其近き畑にて仕事をするを以て、其処《そこ》に出懸けたり。然るに蕨は多く採りて叺に入れたるに、僅に六七貫目たるも、予が老体には重きに耐えざるを以て、地上に叺を置き専ら蕨を採りたり。然るに蕨の多く採れるを喜びつつ、小虫を払うを怠れり。故に小虫は多く集りて恰も煙の内にあるが如くにて、予が一身の四囲を最も濃密に集りて、且つ眼も小虫の為めに塞《ふさが》り、十分に見る事能わざるを以て、小虫の此群集の内を脱せんとして、疾行して諸方に歩を転ずるも、其小虫の群集の内を脱する事能わず。尚眼は塞りて視る事不分明となり、置きたる叺を見出す事能わずして苦めり。尚如何にしても叺を見出す事能わざるを以て、無拠《よんどころなく》大声を発して遠き畑に在るの利太郎を呼びて、漸く蕨を入れたる叺を見出したる事あり。
此際は蕨のみならず、蓬《よもぎ》も多く採りたり。其時|直《すぐ》に用うる時は、黍《きび》と共に蓬を以て草餅として喰《しょく》する時は、珍《めずらし》く味《あじわい》あるを何《いず》れも喜んで喰するによりて、大に経済上に於て益あり。予は別《わけ》て草餅を好むを以て日々の喰料とせり。亦久しく貯えて長く用ゆるには、煮て干し上げて貯うる時は、何日《いつ》も草餅を喰せんと欲する時に臨んで草餅と為す事を得るなり。亦蓬の少き地方に贈物として大に親睦を取るの事となるあり。当地の蓬は殊に大《おおき》く且つ多く、採り易きを以て
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