舞姫
石橋忍月

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)就《つい》て

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)劇烈|欝勃《うつぼつ》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)ヨーゼフ※[#小書き片仮名ヒ、1−6−84]ン

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔Jungfra:ulichkeit〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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 鴎外漁史の「舞姫」が国民之友新年附録中に就《つい》て第一の傑作たるは世人の許す所なり。之《これ》が賛評をなしたるもの少しとせず。然《しか》れども未《いま》だ其《その》瑕瑾《かきん》を発《あば》きたるものは之れ無きが如《ごと》し。予は二三不審の廉《かど》を挙《あ》げて著者其人に質問せんと欲す。
「舞姫」の意匠は恋愛と功名と両立せざる人生の境遇[#「恋愛と功名と両立せざる人生の境遇」に白丸傍点]にして、此《この》境遇に処せしむるに小心なる臆病なる慈悲心ある――勇気なく独立心に乏しき一個の人物を以《も》つてし、以て此の地位と彼の境遇との関係を発揮したるものなり。故《ゆゑ》に「舞姫」を批評せんと欲せば先《ま》づ其人物(太田豊太郎)と境遇との関係を精査するを必要となす。抑《そもそ》も太田なるものは恋愛と功名と両立せざる場合に際して断然恋愛を捨て功名を採るの勇気あるものなるや。曰《いは》く否な。彼は小心的臆病的の人物なり。彼の性質は寧《むし》ろ謹直慈悲の傾向あり。理に於《おい》て彼は恩愛の情に切なる者あり。「処女たる事」(〔Jungfra:ulichkeit〕)を重《おもん》ずべきものなり。夫《そ》れ此「ユングフロイリヒカイト」は人間界の清潔、温和、美妙を支配する唯一の重宝《ぢゆうはう》なり。故に姦雄的《かんゆうてき》権略的の性質を備ふるものにあらざれば之を軽侮し之を棄却せざるなり(例へばナポレヲンがヨーゼフ※[#小書き片仮名ヒ、1−6−84]ンを棄《す》つるが如し)。否な之を軽侮し之を棄却する程の無神的《ゴツトロース》の苛刻《かこく》は胆大にして且つ冷淡の偽人物に非《あら》ざれば之を
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