窒轤黷驍ナあらう。之に反して自己性を徹底させるならば、自己を實現し盡して全く表面化した主體は、働きの向ふ先の他者と同時に働きの發する中心をも失ひ、實質なき夢の如く幻の如く消え失せるであらう。他者を失ふことは主體にとつては等しく死を意味するであらう。
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(一) ライプニッツは exprimer 又は 〔repre'senter〕 といふ語を用ゐた。
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七
客體の二重性格より來る文化的生の構造を正しく理解するために、吾々はここに「表現」と「象徴」とを特に區別しようと思ふ。これら二つの概念は必ずしも相背くものではない。むしろ半ばは相蔽ふものである。考へやうによつては表現は象徴作用によつて行はれ、象徴は何ものかの表現であるとも又すべての表現は象徴であり逆にすべての象徴は表現であるとも言ひ得るであらう(一)。共に表はす作用(表現)とも指し示す作用(象徴)とも名づけ得るであらう。共に一と他との二つの契機を含み、相分かれるものと相通ずるものとの二つの面を有する。しかしながら今吾々は表現においては特に同一性の契機を、象徴においては特に他
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