四五

 ここよりして吾々は時間性と「罪惡」との親密なる聯關へと導かれるであらう。時間性は主體の状態、しかも從ふべく強ひられる運命的状態であつて、罪惡と同一ではない。時間性そのものに罪惡を置くならば、永遠性も時間性の單純なる否定に過ぎぬ無時間性に求められ、かくて時を知らぬ純粹の存在・純粹の眞理の觀想に身を委ねることが、時間性の克服の道となるであらう。愛において永遠性を發見した吾々にとつては單なる時間性が罪惡そのものではないことはすでに明かである。しかしながらそれは何等かの意味において罪惡の歸結でなければならぬ。愛より從つて神への從順よりの離脱、神聖者への不從順反逆こそ罪惡である。かかる罪惡は時間的存在の根源にあつて永遠よりの墜落と時の發生とを惹き起す。すなはち、罪の報いは時間性とそれの徹底化である死とである。
 時間性及び死の根源に罪があるといふことは、その罪を人間的主體の個々の動作に歸屬せしめることの誤謬を明かに示すであらう。それは永遠より時を發生せしめる根源的動作において求められねばならぬのである。しかしながら人間の現實的生はいつも時間性の性格を擔ふ故、その動作は時に先立つもの、生
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