み驀進する。生の直接性・自然性とはこのことである。しかしてこのことは本來の有限性の否定從つて永遠性の否定を意味する。主體は無よりの離脱を求めることによつて却つて滅びぬ存在を失ふ。これが時間性である。時間性においては主體は無をわが外に追ひ遣つてひたすらわが有をのみ主張する。そのことの歸結としてそれは却つてわが外にある無のうちに追ひ込まれ、絶え間なき壞滅の運命をたどるに至る。ここに惡しき有限性は成立つ。すなはち、それは主體が自らの力を恃みわが本然の姿である眞の有限性を脱却し、いはば、神によつて造られたるものであり神の惠み無くしては無に等しきものでありながら、惠みの賜物を逆用して、自ら神に成らうとした僭越反逆の振舞ひの現はれである。この惡しき有限性よりして、惡しき永遠性としての無終極的時間が發生することは、すでに説いた所で明かであらう。時間性の克服は主體が自己本來の面目を取戻し、神の愛へ從つて眞の有限性の故郷へ立還へることにのみ存する。
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(一) Ethica. I, 8. schol. 1.
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五 罪 救ひ 死
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