所有である。創造の惠みによつて神の愛によつて、主體は自己實現の性格を全く無の中に葬り去り、愛の主體として新たに生れ出る。自ら愛の主動者であらうとした間は愛は自己陶醉の夢に過ぎなかつた。他者の愛に一切を委ね打任せることによつてはじめて愛は從つて永遠性は現實となるのである。
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(一) 本書七節參看。
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        三九

 神の愛への自己の抛棄、從つて從順・信頼・感謝等の態度は宗教的用語においては「信仰」と呼ばれる。信仰は神の愛の呼び掛けに對する人間の答へ、惠みによつて生れ出でたる新たなる自我の新たなる態度、言ひ換へれば、人の神への愛である。根本的に考へれば、信仰は、偉大なる宗教家たちの説いた如く、人間の業即ち自己實現の活動ではなく、むしろ反對に、人間における神の業である。それ故それは創造に對應するそれの半面ともいふべく、その意味においては、永遠性の領域に屬し、時間性乃至罪惡などよりも更に根源的なる觀念といふべきであらう。ルッテルが、信仰は人が罪人であることにではなく神が神であることに基づく、と考へたのはこの眞理を捉へ得たものである(一)
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