表面との接觸ではなく、全體と全體との合一であるであらう。しかもこの合一が自と他との二つの中心の間に行はれることが愛の本質的特徴である。絶對的他者とのかくの如き全面的合一においてこそ永遠性は成立つのである。そこにはこの共同を破るものも二つの中心を引離すものも全く無い。創造の惠みによつて支へられることによつて、主體は無の淵の上に立ちながらしかも壞滅に沈み入るを免かれ、滅びることなき存在と現在とに生きるであらう。それは又他者との完き共同完き合一において生きる故、他者はそれの完き所有に歸するであらう。アウグスティヌスが「神を樂しむ」(fruitio dei)と呼んだものは、彼においては、自己實現による他者との完全なる共同他者の完全なる所有を意味したが、そのことは今や他者の惠みによつてはじめてここに事實となり得るに至つた。自己實現にたよる間は、こなたの一歩の前進はかなたの一歩の後退となり、我が近づくと共に他者は遠ざかり行くであらう。自己を潔く他者の足元に投げ出し他者の言葉を受容れる空らの器となすことによつて、はじめて他者はわが所有に歸する。しかも他者の所有は同時に無に打勝つた新たなる滅びぬ自己の
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