て、根源的意義は、必ずしも固定したる客體的存在を保つを要せぬ何らかの形象即ち何等かの生内容が、他者を表はし指し示す象徴となることによつて、人と人との、實在者と實在者との、交渉乃至共同が成立つことに存する。それ故、古の思想家達殊にアウグスティヌスが明かなる概念的表現に移した如く、創造は「言葉によつて無よりなされる創造」と呼ぶことが出來よう。絶對的他者と人間的主體との共同は、神先づ語ることによつて絶對者自らの語る言葉によつて成就される。人間的主體は、何ものをも殘すことなく一切の存在を提げ、單に生の内容ばかりでなく中心そのもの主體性實在性そのものをも携へ、全き自己と自己實現とを捧げて、徹頭徹尾他者の象徴となる、否、ならしめられる。自然的生を基礎とするあらゆる生においても、實在的他者との交渉は象徴を通じて行はれるが、その場合象徴となるものは生の内容のみであつて生の中心ではない。主體性實在性そのものは象徴の外にある。從つて象徴となりたる乃至なりうる内容は自己表現の性格を飽くまでも保存する。共同が成立つとしてもそれは部分的斷片的であり、何等かの制約理由の下に立つ。幸ひに眞實の共同、他者を出發點とし
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