出さるべきであらう(一)。
さて神の愛はかくの如き創造、無より有を呼び出す働きなのである。逆に言つて、宗教においては創造は人間的主體を壞滅の淵より救ひ出す神の愛として特に體驗される。その他の意義は、宗教においては、この基本的體驗によつて根據づけられたるもの乃至はそれより派生したるものとしてはじめて考慮に値ひする(二)。しからば神の愛としての創造はいかなる働きであるか。それは他者を、この場合人間的主體を、無に歸せしめると共に、有へと、即ち實在するもの自らの生の中心を有するものとして、從つて實在的他者として、無より呼び出し造り出す働きである。吾々は今この事を次のやうに理解することが出來よう。
眞の愛の成立には、人間的主體がそれへと向つて立つ所の他者が、絶對的他者・絶對的實在者であることが必要である。この必要は宗教的體驗が神聖と呼ぶ所のものによつて充たされた。この場合神聖者は人間的主體の愛の對手をなすものである。しかるに愛がかくの如く人の側のみの事柄である間は、それは、それを成立たしめる筈の又しかなし得る筈の絶對的他者そのものによつて、却つて壞滅の運命を見ねばならぬのである。愛の共同は主
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