けらるべきものである。神の働きは質料と形相との間を往來する自己實現・自己表現從つて活動の性格の擔ふ。神は文化的生の像を借りて表象されてゐるのである。かかる表象が神聖性を表現するに不適當であるはいふまでもない。神の絶對的實在性は他の仕方をもつて表現されねばならぬ。「創造」の觀念が即ちそれである。これは神の働きに質料又は制約として豫め前提されるであらう何等かの存在者を否定する點にそれの特徴を有する。神は何ものの牽制をも又促進をさへも受けることなく、ただ自らの本質の計り知れぬ深みより、何ごとによつても理由づけられることなく又何ものの媒介をも俟つことなしに、徹頭徹尾自由に他者の存在を設置する。このことは通常「無よりの創造」(〔Scho:pfung aus Nichts, creatio ex nihilo〕)と名づけられる。これはもと古代宗教の世界形成の神話に端を發したものであるが、キリスト教において體驗の深化によつて醇化されつつ、それの最も重要なる教義に數へられるに至つた。すでにパウロにおいて明瞭なる思想的表現を見たが、後世に最も深き影響を及ぼした神學的概念的表現はアウグスティヌスにおいて見
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