ゥる。自然的體驗的時間即ち時間性の最も基本的根源的姿においては、方向は將來より過去へと向ふ。しかもこの方向は斷然動かし得ぬものである。過去になつたものは無に歸したものである。單純率直なる非存在である。無くなつたものは取返へしのつかぬもの、主體の處理の手の屆きかねるもの、この意味において絶對的なるものである。昔を今になる由もないのが時の本然の姿である。ここに時の「不可逆性」(Unumkehrbarkeit)は成立つ。要するに有より無へ存在より非存在へ向ふのが時の最も根源的方向時間性の最も本質的性格である。
 次に、時間性は無常性と可滅性とを意味する。時と時における存在とは、絶え間なき流動推移の中に有より無への方向を取りつつ、息みもせず振返へりもせず、ひたすらまつしぐらに壞滅の道を進む。以上と聯關して第三に、時間性は斷片性不完成性を意味する。時間的存在はいつも滅びつつある從つていつも缺乏に陷りつつある存在である。現在において主體は自己の存在を所有はするが、その所有は直ちに喪失であり、その存在はいつまでも確保されるに至らない。いつも完きを得ずいつも自己の所有に達せずいつも斷片的なのが時の本質
前へ 次へ
全280ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
波多野 精一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング