)。この空間性こそ一切の互に相容れぬ自と他との關係の典型であり根源である。主體と他者との共同即ち和合合一はここに見出すべくもない。それどころか、むしろ共同の破棄絶滅こそ徹底したる自然的生の落着く先である。主體性の兩面性はここでは極めて露骨なる自己矛盾として暴露してゐる。更に又時間性及びそれの缺陷や矛盾もここに源を發する。將來(他者)との關係によつて存在を保つ現在(主體)は同じ關係によつて又過去へ非存在へと押遣られる。有はいつも無に歸し、來るものはいつも去り、一切は時の流れに誘はれて果てしなき壞滅の道をたどる。時間性の克服は自然的生のこの自己矛盾よりの解放でなければならぬ。
この解放こそ文化的生の志す所である。すでに論じた如く、主體が實在する他者との直接的交渉より離脱しその交渉の齎す自滅の危險より解放されて、自由の天地に飽くまでも自己主張を續けようとする所に、文化的生の本質は存する。今や主體は對手との間に何ものかを置くことによつて直接の衝突を避け、かくして共存共在を成就しようとする。客體こそかかる中間的媒介的存在者である。さて共同の成立に際し媒介の役を務めるものは、共同の形相乃至段階が
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