出さるべきであらう(一)。
さて神の愛はかくの如き創造、無より有を呼び出す働きなのである。逆に言つて、宗教においては創造は人間的主體を壞滅の淵より救ひ出す神の愛として特に體驗される。その他の意義は、宗教においては、この基本的體驗によつて根據づけられたるもの乃至はそれより派生したるものとしてはじめて考慮に値ひする(二)。しからば神の愛としての創造はいかなる働きであるか。それは他者を、この場合人間的主體を、無に歸せしめると共に、有へと、即ち實在するもの自らの生の中心を有するものとして、從つて實在的他者として、無より呼び出し造り出す働きである。吾々は今この事を次のやうに理解することが出來よう。
眞の愛の成立には、人間的主體がそれへと向つて立つ所の他者が、絶對的他者・絶對的實在者であることが必要である。この必要は宗教的體驗が神聖と呼ぶ所のものによつて充たされた。この場合神聖者は人間的主體の愛の對手をなすものである。しかるに愛がかくの如く人の側のみの事柄である間は、それは、それを成立たしめる筈の又しかなし得る筈の絶對的他者そのものによつて、却つて壞滅の運命を見ねばならぬのである。愛の共同は主體にとつて存在そのものに必要である。愛が成立つことによつてのみ、それは他者への又他者との存在としてのそれの本然の性、主體性、に生きることが出來るのである。自然的生を超越して文化的生に昇り、エロースにおいてこの要求を充たさうとした主體は、つひに失敗にをはらねばならなかつた。しかるに今や最後の試みである宗教への飛躍も同樣の危險に晒されることが明かになつた。この場合難關の突破は全く主體の權限と能力とを超越する事柄である。若し可能とすれば、その可能性は全く他者の側にのみ存するであらう。このことは何を意味するか。神聖なる他者は、神聖なるとともに、否神聖なるが故に、また愛であること愛の主體であることを意味する。すなはち、神の愛が人の愛に先だつこと、後者の根源としてそれをはじめて可能ならしめるものであることを意味する。
神聖者は上述の如く絶對的實在者である。從つてそれ以外に存在はあらう筈がない。若しあるとすれば、それは絶對者そのものに過ぎぬであらう。しかるに單獨に自己のみに生き自同性にのみ留まる絶對者は、無限に擴がつた圓周の圓心が中心たるを止めておのづから消滅に歸するが如く、結局空虚そのものにをはるであらう。それ故絶對者は自己の外に何ものかを有せねばならぬであらう。さて、この何ものかは、或は思惟の事柄であり從つて觀念的の何ものかであるか、或は事實であり從つて實在的の何ものかであるかである。今思惟の事柄であるとすれば、絶對者は、立入つて何と考へられようと、例へば實在者從つて充實したものと考へられようと或は反對に空虚そのものと考へられようと、結局他者性を媒介として自己同一性を貫徹しようとするもの、他者において自己を實現しようとするものとして、言ひ換へれば、文化的主體の像によつて、表象される外はないであらう。これは率直に單純に空虚に留まるべきものがただ一時遁がれの手數をかけるといふだけに過ぎぬであらう。之に反して他者を事實的存在の事柄とすれば、それはただ宗教的體驗においてのみ與へられる。宗教的體驗の外においては、絶對者も他者も先づ客體として從つて思惟の事柄として與へられねばならぬ。ただ宗教的體驗においてのみ主體は自ら實在者として實在する絶對者と交渉乃至共同に立つを知る。絶對者が實在する他者を自己の外に有することは、事實としてはただここでのみ與へられる。すなはちここでのみ絶對者の問題は眞實の問題として成立ち得る。
その問題は簡單にいへば次の通りである。絶對者神聖者と關係交渉に立たうとするものそれと接觸するものは無に歸する外はなく、それに對して他者であるものは非存在者以外にあり得ぬならば、いかにして主體は我自らは現にそれの面前に立ちそれの他者として存立し得るのであらうか。創造と神の愛とがこの問に對する答へである。「無よりの創造」はややもすれば、無先づあり神がそれに働きかけてその中より有を造り出す、といふ風に表象され易い。しかしながらかかる表象に譬喩的表現以上の意義を許したならば、甚しき誤解を免かれ難いであらう。神の働きを時間的に畫がくことの不穩當を除いても、そこでは神の働きが文化的活動の像によつて表象されるため、無は嚴密の意味の無ではなく、存在の一種の仕方、この場合可能性乃至質料としての有り方に過ぎぬものとなつてゐる。周知の如く、文化主義に徹底したギリシア人はかくの如くに 〔me_ on〕(無)を考へた。しかしながら無は有の傍ら又は外にそれ自らの存在を保つものとして存在してゐるのではなく、單なる契機しかも克服されたる契機として有のうちに包含されてゐるのである。主體を
前へ
次へ
全70ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
波多野 精一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング