他者との間に媒介の任に當り得る第三者は存在し得ないのである。今假りに觀念的他者がそれとすれば、これは主體を再び文化的生とエロースとへ押戻すであらう。實在的他者がそれとすれば、それが絶對的實在者でない以上、主體は更に逆轉を續けて自然的生と根源的時間性とへ墜落せねばならぬであらう。假りにかかる歸結を考慮の外に置くとするも、第三者と絶對的他者との間には結局同じ問題が繰返へされねばならぬであらう。かくて主體は絶對的他者と先づ直接的交渉に入らねばならぬのである。神との共同に入らうとするものは先づ自ら神の面前に立たねばならぬのである。神聖なる者の尊嚴と威力との前には逃げ隱れはもともと全く不可能なのである。若し現實に存在する諸宗教のうちに、絶對的他者と人間的主體との間を媒介する第三者を説くものがあるとすれば、その場合その第三者は實は第三者でなく神そのものであるか、さもなければ、神は實は神でなく、言ひ換へれば、神聖性は不徹底なるものにをはるか、に外ならぬであらう(三)。それ故、繰返へしていへば、人間的主體は共同に入るとともにすでに先づ神を直接に接觸せねばならぬ。しかるにこのことは、上に述べた如く、壞滅を意味する外はないであらう。何ものをも燒き盡さねば止まぬ神聖性の猛火の中に灰燼に歸した主體は、いかにして生の中心・働きの出發點としての實在性・主體性を保有乃至獲得し得るであらうか。
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(一) 「宗教哲學」四二節以下參看。
(二) K. Barth (”Kirchliche Dogmatik.“I, 2. S. 425 ff.) は愛はいつも對手(〔Gegenu:ber〕)對象(Gegenstand)をもつ、即ちいつも他者(der Andere)を愛すると説いて、その限り、正しき理解を示したが、舌の根の乾かぬ間に ander といふ語を無造作にも andersartig に置き換へてゐる。すなはち、神が人の愛の對象である以上、その對象は對象であるが故に主體である人間とは全く類(性質)を異にする存在者でなければならず、逆に人間は神と全く類(性質)を異にする存在者即ち罪人でなければならぬ、といふのである。驚くべき殆ど無鐵砲ともいふべき論の立て方である。尤もややもすれば論理よりも修辭によつて思想の力よりも感情の勢ひによつて動く癖のあるこの神學者においては、このことは或はむしろ恠しむに足らぬであらう。「他者」及び「他者性」の三つの異なつた意義に關しては本書の諸處殊に九節參看。
(三) それ故、例へばキリスト教神學の説くキリストの神聖は、神の神聖性の必然的歸結とさへいひ得るであらう。
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        三六

 神聖者はそれの絶對的實在性をもつて破壞の力として働くばかりでなく、又建設の力として働く。あらゆる存在を奪ひ取る力はまたあらゆる存在を與へる力である。神は全能であり一切事物の根源であるといふ思想はあまねく諸宗教に行渡つてゐる。「創造」の思想も、それの一形態として、同じく神聖性の積極的方面に源を發する。しかしてこの思想こそ吾々を上述の難關より救ふものなのである。世界が、そこに見られるあらゆる秩序や形態や生命を缺如する、渾沌たる何ものかより造り出されるといふ思想は、未開人並びに古代人の宗教の間に極めて廣く弘まつてゐる。かかる世界發生の原動力としては通常宗教的崇拜の對象である神が考へられる。この場合形造られて世界となるべきものは何ものかとして即ち存在者としてすでに前提されてゐる。しかるにかかる働きは創造といふよりはむしろ形成と名づけらるべきものである。神の働きは質料と形相との間を往來する自己實現・自己表現從つて活動の性格の擔ふ。神は文化的生の像を借りて表象されてゐるのである。かかる表象が神聖性を表現するに不適當であるはいふまでもない。神の絶對的實在性は他の仕方をもつて表現されねばならぬ。「創造」の觀念が即ちそれである。これは神の働きに質料又は制約として豫め前提されるであらう何等かの存在者を否定する點にそれの特徴を有する。神は何ものの牽制をも又促進をさへも受けることなく、ただ自らの本質の計り知れぬ深みより、何ごとによつても理由づけられることなく又何ものの媒介をも俟つことなしに、徹頭徹尾自由に他者の存在を設置する。このことは通常「無よりの創造」(〔Scho:pfung aus Nichts, creatio ex nihilo〕)と名づけられる。これはもと古代宗教の世界形成の神話に端を發したものであるが、キリスト教において體驗の深化によつて醇化されつつ、それの最も重要なる教義に數へられるに至つた。すでにパウロにおいて明瞭なる思想的表現を見たが、後世に最も深き影響を及ぼした神學的概念的表現はアウグスティヌスにおいて見
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