たり、こやしをやったりしました。その度にすみれは、うれしそうにほほ笑んで
「ありがとう、ありがとう。」
 とじいさんにお礼を言うのでした。
 すみれはますます美しく、清く咲き続けました。じいさんも、すみれを見ている間は、町へ行くことも忘れてしまうようになりました。
 或日のこと、じいさんは
「お前は、そんなに美しいのに、誰も見てくれないこんな山の中に生れて、さぞ悲しいことだろう。」
 と言うと
「いいえ。」
 とすみれは答えました。
「お前は、歩くことも動くことも出来なくて、なんにも面白いことはないだろう。」
 と尋ねると
「いいえ。」
 と又答えるのでした。
「どうしてだろう。」
 と、じいさんが不思議そうに首をひねって考えこむと
「わたしはほんとうに、毎日、楽しい日ばかりですの。」
「体はこんなに小さいし、歩くことも動くことも出来ません。けれど体がどんなに小さくても、あの広い広い青空も、そこを流れて行く白い雲も、それから毎晩砂金のように光る美しいお星様も、みんな見えます。こんな小さな体で、あんな大きなお空が、どうして見えるのでしょう。わたしは、もうそのことだけでも、誰よりも幸福なの
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