で息子のことを語り合って、お互に慰め合うことも出来ましたけれど、今ではそれも出来ませんでした。
 来る日も来る日も何の楽しみもない淋しい日ばかりで、じいさんはだんだん山の中に住むのが嫌になって来ました。
「ああ嫌だ嫌だ。もうこんな一人ぼっちの暮しは嫌になった。」
 そう言っては今まで何よりも好きであった仕事にも手がつかないのでした。
 そして、或日のこと、じいさんは膝をたたきながら
「そうだ! そうだ! わしは町へ行こう。町には電車だって汽車だって、まだ見たこともない自動車だってあるんだ。それから舌のとろけるような、おいしいお菓子だってあるに違いない。そうだそうだ! 町の息子の所へ行こう。」
 じいさんはそう決心しました。
「こんなすてきなことに、わしはどうして、今まで気がつかなかったのだろう。」
 そう言いながら、じいさんは早速町へ行く支度に取りかかりました。ところが、その時庭の片すみで、しょんぼりと咲いている、小さなすみれの花がじいさんの眼に映りました。
「おや。」
 と言ってすみれの側へ近よって見ると、それは、ほんとうに小さくて、淋しそうでしたが、その可愛い花びらは、澄み切った空
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