て通り過ぎた。尾田は黙々と下を向いていたが、彼らの眼差しを明瞭に心に感じ、この近所の者であるなら、こうして入院する患者の姿をもう幾度も見ているに相違ないと思うと、屈辱にも似たものがひしひしと心に迫って来るのだった。
彼らの姿が見えなくなると、尾田はそこへトランクを置いて腰を下ろした。こんな病院へはいらなければ生を完うすることのできぬ惨《みじ》めさに、彼の気持は再び曇った。眼を上げると首を吊《つる》すに適当な枝は幾本でも眼についた。この機会にやらなければいつになってもやれないに違いない、あたりを一わたり眺めて見たが、人の気配はなかった。彼は眸《ひとみ》を鋭く光らせると、にやりと笑って、よし今だと呟いた。急に心が浮きうきして、こんな所で突然やれそうになって来たのを面白く思った。綱はバンドがあれば充分である。心臓の鼓動が高まって来るのを覚えながら、彼は立ち上がってバンドに手を掛けた。その時突然、激しい笑う声が院内から聞こえて来たので、ぎょっとして声の方を見ると、垣の内側を若い女が二人、何か楽しそうに話し合いながら葡萄棚の方へ行くのだった。見られたかな、と思ったが、始めて見る院内の女だったの
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