いた。小便を催しているが、朝まで辛棒しようと思った。とどこからか歔欷《すすりな》きが聞こえて来るので、おやと耳を澄ませると、時に高まり、時に低まりして、袋の中からでも聞こえて来るような声で断続した。唸《うめ》くようなせつなさで、締め殺されるような声であった。高まった時はすぐ枕もとで聞こえるようだったが、低まった時は隣室からでも聞こえるように遠のいた。尾田はそろそろ首をもち上げてみた。ちょっとの間はどこで泣いているのか判らなかったが、それは、彼の真向かいのベッドだった。頭からすっぽり布団を被って、それが幽《かす》かに揺れていた。泣き声を他人に聞かれまいとして、なお激しくしゃくり上げて来るらしかった。
 「あっ、ちちちい」
 泣き声ばかりではなく、何か激烈な痛みを訴える声が混じっているのに尾田は気付いた。さっきの夢にまだ心は慄《おの》のき続けていたが、泣き声があまりひどいので怪しみながら寝台の上に坐った。どうしたのか訊いてみようと思って立ち上がったが、当直の佐柄木もいるはずだと思いついたので、再び坐った。首をのばして当直寝台を見ると佐柄木は、腹ばって何か懸命に書き物をしているのだった。泣き
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