嫌悪を覚えた。これではいけないと思いつつ本能的に嫌悪が突き上がって来てならないのであった。
 佐柄木を思い病室を思い浮かべながら、尾田は暗い松林の中を歩き続けた。どこへ行こうという的《あて》がある訳ではなかった。眼をそ向ける場所すらない病室が耐えられなかったから飛び出して来たのだった。
 林を抜けるとすぐ柊の垣にぶつかってしまった。ほとんど無意識的に垣根に縋《すが》ると、力を入れてゆすぶってみた。金を奪われてしまった今はもう逃走することすら許されていないのだった。しかし彼は注意深く垣を乗り越え始めた。どんなことがあってもこの院内から出なければならない。この院内で死んではならないと強く思われたのだった。外に出るとほっと安心し、あたりをいっそう注意しながら雑木林の中へはいって行くと、そろそろと帯を解いた。俺は自殺するのでは決してない。ただ、今死なねばならぬように決定されてしまったのだ、何者が決定したのかそれは知らぬ、がとにかくそうすべて定まってしまったのだと口走るように呟いて、頭上の栗の枝に帯をかけた。風呂場で貰った病院の帯は、繩のようによれよれとなっていて、じっくりと首が締まりそうであっ
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