からね」
 「手当てはしないのですか」
 「そうですねえ。手当てと言っても、まあ麻酔剤でも注射して一時をしのぐだけですよ。菌が神経に食い込んで炎症を起こすので、どうしようもないらしいんです。何しろ癩が今のところ不治ですからね」
 そして、
 「初めの間は薬も利きますが、ひどくなって来れば利きませんね。ナルコポンなんかやりますが、利いても二、三時間。そしてすぐ利かなくなりますので」
 「黙って痛むのを見ているのですか」
 「まあそうです。ほったらかして置けばそのうちにとまるだろう、それ以外にないのですよ。もっともモヒをやればもっと利きますが、この病院では許されていないのです」
 尾田は黙って泣き声の方へ眼をやった。泣き声というよりは、もう唸《うな》り声にそれは近かった。
 「当直をしていても、手の付けようがないのには、ほんとに困りますよ」
と佐柄木は言った。
 「失礼します」
と尾田は言って佐柄木の横へ腰をかけた。
 「ね尾田さん。どんなに痛んでも死なない、どんなに外面が崩れても死なない。癩の特徴ですね」
 佐柄木はバットを取り出して尾田に奨めながら、
 「あなたが見られた癩者の生活は、まだまだほんの表面なんですよ。この病院の内部には、一般社会の人の到底想像すらも及ばない異常な人間の姿が、生活が描かれ築かれているのですよ」
と言葉を切ると、佐柄木もバットを一本抜き火をつけるのだった。潰れた鼻の孔から、佐柄木はもくもくと煙を出しながら、
 「あれをあなたはどう思いますか」
 指さす方を眺めると同時に、はっと胸を打って来る何ものかを尾田は強く感じた。彼の気付かぬうちに右端に寝ていた男が起き上がって、じいっと端坐しているのだった。もちろん全身に繃帯を巻いているのだったが、どんよりと曇った室内に浮き出た姿は、何故とはなく心打つ厳粛さがあった。男はしばらく身動きもしなかったが、やがて静かにだがひどく嗄《しわが》れた声で、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱えるのであった。
 「あの人の咽喉《のど》をごらんなさい」
 見ると、二、三歳の小児のような涎掛《よだれか》けが頸部にぶら下がって、男は片手をあげてそれを押えているのだった。
 「あの人の咽喉には穴が空いているのですよ。その穴から呼吸をしているのです。喉頭癩と言いますか、あそこへ穴を空けて、それでもう五年も生き伸びているのです」
 尾
前へ 次へ
全26ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北条 民雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング