いてのぶ》印
右《みぎ》は軸《ぢく》になつて居《を》りますが、三|遊亭《いうてい》一|派《ぱ》の共有物《きよういうぶつ》として、円朝《わたくし》は門弟共《もんていども》の方《はう》へ預《あづ》けて置《おき》ましたけれども、是《これ》は河竹黙阿弥翁《かはたけもくあみをう》が所有《しよいう》されて居《ゐ》たのを、円朝《わたくし》が貰《もら》ひ受《う》けました。夫故《それゆゑ》箱書《はこがき》も黙阿弥翁《もくあみをう》に認《したゝ》めて貰《もら》ひましたが、此文中《このぶんちう》にもある通《とほ》り十|有余年《いうよねん》昔話《むかしばなし》が流行《はやつ》たことと見えまする。夫《それ》ゆゑ誰《だれ》も彼《かれ》も聴《きき》に参《まゐ》る中《なか》に、可楽《からく》と云《い》ふ者があつて、是《これ》は櫛職人《くししよくにん》でござりましたが、至《いたつ》て口軽《くちがる》な面白《おもしろ》い人ゆゑ、私《わたくし》も一つ飛入《とびいり》に落語《はなし》をして見たいと申込《まうしこ》んだ。
すると此《こ》の狂歌師《きやうかし》の中《なか》へ職人《しよくにん》を入《い》れたら品格《ひん》が悪くなるだらうと拒《こば》んだものもあつたが、ナニ職人《しよくにん》だツて話が上手《じやうず》なら仔細《しさい》ないと云《い》ふ事で、可楽《からく》を入《い》れてやらせて見た所が、大層《たいそう》評判《ひやうばん》が宜《よろ》しく、可楽《からく》が出るやうになつてから、一ト際《きは》|聴手《きゝて》が殖《ふ》えたと云《い》ふ位《くらゐ》。
そこで可楽《からく》が不図《ふと》考《かんが》へ附《つ》いた可「是《これ》は面白《おもしろ》い、近頃《ちかごろ》落語《らくご》が大分《だいぶ》流行《はや》るから、何所《どこ》かで座料《ざれう》を取《とつ》て内職《ないしよく》にやつたら面白《おもしろ》からう、事に依《よつ》たら片商売《かたしやうばい》になるかもしれない。と昼間《ひるま》は櫛《くし》を拵《こしら》へ、夜だけ落語家《はなしか》でやつて見ようと、是《これ》から広徳寺前《くわうとくじまへ》の○○茶屋《ぢやや》と云《い》ふのがござりまして、其家《そのいへ》の入口《いりぐち》へ行燈《あんどん》を懸《か》けたのです。唯《たゞ》「はなし」と書放《かきはな》しにして名前などを書いたものではない、細い小さな行燈《あんどん》を出して、入《い》らつしやい/\と云《い》ふと、大都会《だいとくわい》の事だから直《すぐ》に御武家《おぶけ》が一人《ひとり》這入《はいつ》て来《き》て○「早くして呉《く》れ「エヽもう二三|人《にん》御入来《おいで》になると直《ぢき》に始まります。○「モウ二三|人《にん》来《く》るまで待つては居《を》られぬ、腹《はら》が空《へつ》て耐《たま》らぬのぢや――是《これ》は菜《な》めしと間違《まちがへ》たと云《い》ふ話です、其頃《そのころ》は商売《しやうばい》ではなかつたから、其位《そのくらゐ》のものでござりましたらう。然《しか》るに当今《たうこん》に至《いた》つては寄席商売《よせしようばい》と云《い》ふものが大層《たいそう》殖《ふ》えて、斯様《かやう》に隆盛《りゆうせい》に相成《あひな》つたのでござります。
[#地から1字上げ](拠酒井昇造筆記)
底本:「明治の文学 第3巻 三遊亭円朝」筑摩書房
2001(平成13)年8月25日初版第1刷発行
底本の親本:「定本 円朝全集 巻の13」世界文庫
1964(昭和39)年6月発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年6月19日作成
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