ず出ましたか」
町役「一同差添いましてござります」
奉「茂二作並に妻由、其の方ども先日半右衞門妻柳が懐妊いたしたを承知せしは、当年より二十九ヶ年前、即ち寛政四|子年《ねどし》で、男子の出生《しゅっしょう》は其の翌年の正月十一日と申したが、それに相違ないか」
茂「へい、相違ございません」
奉「その小児の名は何と申した」
由「半之助《はんのすけ》様と申しました」
奉「フム、その半之助と申すは是なる長二郎なるが、何うじゃ、半右衞門に似て居ろうな」
と云われ茂二作夫婦は驚いて、長二の顔を覘《のぞ》きまして、
茂「成程能く似て居ります、のうお由」
由「然《そ》うですよ、ちっとも気が付かなかったが、左様《そう》聞いて見るとねえ、旦那様にそっくりだ、へい此の方が半之助様で、何うして無事で実に不思議で」
奉「ムヽ能う似て居《お》ると見えるな」
と奉行は打笑《うちえ》まれまして、
奉「半右衞門妻柳が懐妊中、其の方共が幸兵衞を取持って不義を致させたのであろう」
茂「何ういたしまして、左様な事は」
由「私《わたくし》どもの知らないうちに何時か」
奉「何《いず》れにしても宜しいが、其の方共は幸兵衞と柳が密通いたして居《お》るを知って居ったであろう」
茂「へい、それは」
由「何か怪しいと存じました」
奉「柳が不義を存じながら、主人半右衞門へ内々《ない/\》にいたし居ったは、其の方共も同家に奉公中密通いたし居ったのであろうがな」
と星を指されて両人は赤面をいたし、何とも申しませんから、奉行は推察の通りであると心に肯《うなず》き、
奉「左様《さよう》じゃによって幸兵衞を好《よ》きように主人へ執成《とりな》し、柳に※[#「「滔」の「さんずい」に代えて「言」」、第4水準2−88−72]諛《こびへつら》い、体よく暇《いとま》を取って、入谷へ世帯を持ち、幸兵衞を同居いたさせ置き、柳と密会を致させたのであろう、上《かみ》には調べが届いて居《お》るぞ、それに相違あるまい、何うじゃ恐れ入ったか」
夫婦「恐入りました」
奉「それのみならず、両人は半右衞門の病中柳の内意を受け、是れなる玄石に半右衞門を殺害《せつがい》する事を頼んだであろう、玄石が残らず白状に及んだぞ、それに相違あるまいな、何うじゃ、恐入ったか」
夫婦「恐入りました」
奉「長二郎、其の方は龜甲屋半右衞門の実子なること明白に相分りし上は、其の方が先月九日の夜《よ》、柳島押上堤において幸兵衞、柳の両人を殺害いたしたのは、十ヶ年前右両人のため、非業に相果てたる実父半右衞門の敵《かたき》を討ったのであるぞ、孝心の段上にも奇特に思召し、青差《あおざし》拾貫文《じっかんもん》御褒美下し置かるゝ有難く心得ませい、且《かつ》半右衞門の跡目相続の上、手代萬助は其の方において永の暇《いとま》申付けて宜かろう」
萬「へい、恐れながら申上げます、何ういう贔屓か存じませんが余《あんま》り依估《えこ》の御沙汰《ごさた》かと存じます、成程幸兵衞は親の敵《かたき》でもござりましょうが、御新造は長二郎の母に相違ござりませんから、親殺しのお処刑《しおき》に相成るものと心得ますに、御褒美を下さりますとは、一円合点のまいりませぬ御裁判かと存じます」
奉「フム、よう不審に心付いたが、依估の沙汰とは不埓な申分じゃ、其の方斯様な裁判が奉行一存の計《はから》いに相成ると存じ居《お》るか、一人《いちにん》の者お処刑に相成る時は、老中方の御評議に相成り上様へ伺い上様の思召をもって御裁許の上、老中方の御印文《ごいんもん》が据《すわ》らぬうちはお処刑には相成らぬぞ、其の方公儀の御用を相勤め居った龜甲屋の手代をいたしながら、其の儀相心得居らぬか、不束者《ふつゝかもの》めが」
四十
奉行は高声《こうせい》に叱りつけて、更に言葉を和《やわら》げられ、
奉「半右衞門妻柳は、長二郎の実母ゆえ、親殺しと申す者もあろうが、親殺しに相成らぬは、斯ういう次第じゃ、柳は夫半右衞門|存生中《ぞんじょうちゅう》密夫《みっぷ》を引入れ、姦通致せし廉《かど》ばかりでも既に半右衞門の妻たる道を失って居《お》る半右衞門に於《おい》て此の事を知ったならば軽うても離縁いたすであろう、殊に奸夫幸兵衞と申合わせ窃《ひそ》かに半右衞門を殺した大悪非道な女じゃによって、最早半右衛門の妻でない、半右衛門の妻でなければ長二郎のために母でない、この道理を礼記と申す書物によって林大學頭より上様へ言上いたしたによって、長二郎は全く実父の敵である、他人の柳と幸兵衛を討取ったのであると御裁許に相成ったのじゃ、萬助分ったか」
萬「恐入りました」
奉「茂二作並に妻由、其の方共半右衞門方へ奉公中、主人妻柳に幸兵衞を取持ったるのみならず、柳の悪事に同
前へ
次へ
全42ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング